乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

岡崎晴輝・木村俊道編『はじめて学ぶ政治学』

タイトル通り、初学者(学部下位年次生)向けの政治学入門書(教科書)である。政治学史上の古典・名著を紹介する形式をとりながら、政治学の基本概念を一通り学べるような工夫が施されている。「権力」「公共性」「ナショナリズム」「官僚制」など、全27章から…

デヴィッド・ドゥグラツィア『動物の権利』

すでに採りあげたスティーガー『グローバリゼーション』*1と同じく、オックスフォード大学出版会の「一冊でわかる」シリーズ(very short introductionシリーズの日本語版)の中の一冊である。『グローバリゼーション』と同じく、いかにも教科書的な叙述で、退…

泉流星『僕の妻はエイリアン』

オーストラリア出張前に書店でたまたま目に留まって購入し、出張先に持参した。帰りの飛行機の中で読み始めたら、あまりに面白くて、そのまま一気に最後まで読んでしまった。本書は高機能自閉症者の「妻」と普通の人である「夫」とのちぐはぐな夫婦生活をユ…

井上一馬『「マジっすかぁ?」を英語で言うと』

オーストラリア出張(7月7〜13日)の際に持参して、暇を見つけるたびに読んでいた。日本の大学(生)とオーストラリアの大学(生)との文化的な違いなどについて現地の研究者と話そうとする時、つい使いたくなる便利な表現が厳選されていて、とても助かった。「い…

河合隼雄『無意識の構造』

同じ著者による『コンプレックス』*1の姉妹書と言ってよいもので、前半は『コンプレックス』の圧縮版となっている。ただ、力点の置かれ方が違っていて、本書ではコンプレックスにはわずかしか触れられず、普遍的無意識(元型)に後半の多くのページが割かれて…

エーリッヒ・フロム『愛するということ』

僕が担当している学部ゼミでは、ここ数年、「脱常識の社会経済学――あたりまえを問いなおす――」をテーマに掲げてゼミ生を募集している。ゼミの募集要項には以下のように記してある。「なぜ勉強しなければならないのか? 大学で何を学ぶべきなのか? 何のため…

河合隼雄『コンプレックス』

本書は昨年7月19日に79歳で惜しまれつつこの世を去られた臨床心理学の権威・河合隼雄さんが40代前半にお書きになった不朽の名著である。公刊以来35年以上の歳月が経過しているが、いまだに広く読み継がれている。「コンプレックス」という言葉は今では日常語…

國分康孝『カウンセリング心理学入門』

著者はわが国のカウンセリング心理学界をその黎明期からリードしてきたその道の第一人者で*1、本書はカウンセリングという援助活動(実践)を支えているカウンセリング心理学についての入門書である。臨床心理学との違いを強く意識しつつ、「人を援助するには…

石田衣良『眠れぬ真珠』

衝動買い、衝動読み。初めての石田衣良体験。45歳で更年期障害を抱えてしまった版画家咲世子と28歳のウェイター(実は新進映像作家)素樹との短いけれども濃密な愛の日々を綴った恋愛小説。Amazon.co.jpのレヴューでの評価はきわめて高かったが、僕には合わな…

吉岡秀子『セブン-イレブンおでん部会』

コンビニ王者「セブン-イレブン」の売上の7割強は食品が占めている。本書は「おいしさ」を飽くことなく追求するセブン-イレブンの商品開発の裏側をルポしたものである。「おにぎり」「メロンパン」「調理めん」「おでん」「サンドイッチ」「カップめん」「…

香山リカ『結婚がこわい』

香山リカさんは『・・・がこわい』というタイトルの本をすでに4冊公刊している。公刊順に記すならば、『就職がこわい』(講談社、2004年2月)、『結婚がこわい』(講談社、2005年3月)、『老後がこわい』(講談社現代新書、2006年7月)、『セックスがこわい』(筑摩…

諸富祥彦『〈むなしさ〉の心理学』

著者の名前は以前から知っていた。重松清編『教育とはなんだ』*1の中の「教員室―教師はいかにして疲れてしまうか」という章で重松さんの対談相手を務めておられるカウンセリング心理学者である。名前を知っていただけではなく、彼が主張する「トランスパーソ…

大平健『診療室にきた赤ずきん』

著者は精神科医。ゼミテキストとしてこれまで何度も使用してきた『やさしさの精神病理』の著者でもある。本書は「ねむりひめ」「赤ずきん」「つる女房」といった誰もが知っている物語(昔話・童話)を利用して治療に成功した十二の事例を紹介している。精神科…

ピーター・マサイアス『経済史講義録』

著者のピーター・マサイアス・オックスフォード大学名誉教授は、国際的に著名な経済史研究者である。僕が勤務する大学の経済学部および大学院経済学研究科はそのマサイアス教授を2006年9月に招聘研究員としてお迎えすることができた。本書は、一人でも多くの…

河合隼雄『カウンセリングを語る』(上)(下)

四天王寺人生相談所は、1960年代という早い時期から、年一回のペースでカウンセリング研修講座を開催していた。著者はその講座に毎回招かれ、講演を行った。本書はその講演の記録である。上下2冊に11本の講演が収録されている。カウンセリングと心理療法の理…

渡邉正裕『若者はなぜ「会社選び」に失敗するのか』

本書がいかなる性格を有する書物であるかについては、著者自身が「はじめに」で次のように簡明に語ってくれている。 完璧な会社などないので、20代・30代の社会経験の浅い若い人たちが会社選びに迷うのは当然だ。だが、必要以上にこうした「青い鳥症候群」に…

岩井寛『森田療法』

著者は1986年にガンのために55歳の若さでこの世を去られた精神医学者である。本書は生前最後の作品で、口述筆記によって著された。すでに著者の身体は末期ガンに侵されており、腫瘍が全身に転移して神経を圧迫し、下半身はまったく動かなくなっていた。左耳…

和田秀樹『大人のケンカ必勝法』

タイトルに「ケンカ」という物々しい文字が躍るが、もちろん殴り合いのケンカに勝つ方法ではなく、サブタイトルにもあるように、特に会社内の(ビジネスマン人生における)「論争・心理戦」で勝ち(生き)残っていくためのテクニックを、主として心理学・精神医…

見田宗介『社会学入門』

前著『現代社会の理論』*1の続編と言ってよいだろう。僕は前著を「小さなボディーに似合わない本格的な理論書」と評したが、本書への評価もほぼ同様で、予備知識ゼロの読者に向けた「入門」書だとは認めがたい。著者によれば、大学で担当してきた社会学の「…

渡辺利夫『神経症の時代』

森田正馬(もりた・まさたけ、1874-1938)は、後に森田療法として知られることになる独自の療法を創始し、神経症者の治療に大きな功績を残した精神医学者である。本書は、神経症者倉田百三の苦闘(第1章)、森田の人間観と生涯(第2・3章)、孫弟子岩井寛の最期(第…

河合隼雄・南伸坊『心理療法個人授業』

イラストレーター&エッセイストの南伸坊さんを生徒役にして、河合隼雄先生が心理療法の個人レッスンを講じる。本書は、南生徒の書いたレポートと、そのレポートに対する河合先生のコメントから成り立っている。全13講。とにかく、文章が平易で、読みやすい。…

河合隼雄『こころの処方箋』

惜しまれつつ昨年7月に他界された日本を代表する心理学者・心理療法家によるエッセイ集。1章4ページのエッセイが55章収められている。僕のように、書くにつけ、話すにつけ、言葉を人並み以上に使う仕事をしていると、どうしても言葉を過信する方向に傾きがち…

北岡俊明『ディベート入門』

ディベートの入門書。Amazon.co.jpには辛口のレヴューが並んでいるが、僕の本書に対する評価はそこまで低くない。ディベートを「知の方法論」であり、「ホワイトカラーの生産性[=意思決定の生産性]を高めるための技術」だとする著者の立場に、僕は強い共感…

城繁幸『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』

本書はもともと「Webちくま」連載「アウトサイダーズ 平成的生き方のススメ」を一書にまとめたものだが、タイトルからも想像できるように、前著『若者はなぜ3年で辞めるのか?』*1の続編としての性格も有している。前著が「昭和的価値(仕事)観」がもたらして…

井上孝代『あの人と和解する』

一人の人間の内部の葛藤、個人と個人の対立やもめごと、集団内での争い、集団と集団の抗争などミクロからマクロまで、さらには国家間の国家と市民社会の関係などメガレベルに至るまで、私たちの人生はさまざまなレベルでの「コンフリクト(=対立、紛争、もめ…

大塚久雄『社会科学の方法』

著者は昭和期日本を代表する西洋経済史家。カール・マルクスの経済学とマックス・ヴェーバーの社会学を基礎として、近代資本主義成立の諸条件を、とりわけ国民経済の担い手としての「中産的生産者層」に着目しつつ探求した。「大塚史学」と呼ばれるその学問…

城繁幸『若者はなぜ3年で辞めるのか?』

大卒新人の離職率が上昇し続けている。2000年のデータでは、大卒入社3年以内に36.5%、実に3人に1人が辞めている。1992年は23%だったから、10年足らずの間に1.5倍に増えたことになる(p.28)。なぜ若者は我慢できずに辞めてしまうのか?著者によれば、それは決…

堂目卓生『アダム・スミス』

本書は「経済学の祖」アダム・スミスの二大著書『道徳感情論』と『国富論』の論理的関係を丹念に読み解いた刮目の書であり、新書で発表されたことが「もったいない」と思ってしまうほどの新鮮で本格的なスミス論である。『道徳感情論』におけるスミスの人間…

マンフレッド・B・スティーガー『グローバリゼーション』

オックスフォード大学出版会の「一冊でわかる」シリーズ(very short introductionシリーズの日本語版)の中の一冊。目次は以下のようになっている。 グローバリゼーション 概念をめぐる論争 グローバリゼーションは新しい現象か グローバリゼーションの経済的…

北杜夫『マンボウ恐妻記』

実は1年前に読んでいたのだが、軽く読み流してしまったこともあり、その時は「乱読ノート」で採りあげなかった。しかし、ここ数ヶ月、「心の病気」関連の話題に強い興味を持っており、その絡みで再読したので、レヴューすることにした。本書は作家北杜夫が奥…