乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

イギリス思想史を研究する大学教員の読書ノートです。もともとは自分自身のための備忘録として設置したものですが、「隠れ名著、忘れられた名著に関する情報を学生の皆さんに発信したい」というささやかな期待もこめられています。

2008-01-01から1年間の記事一覧

渡辺利夫『神経症の時代』

森田正馬(もりた・まさたけ、1874-1938)は、後に森田療法として知られることになる独自の療法を創始し、神経症者の治療に大きな功績を残した精神医学者である。本書は、神経症者倉田百三の苦闘(第1章)、森田の人間観と生涯(第2・3章)、孫弟子岩井寛の最期(第…

河合隼雄・南伸坊『心理療法個人授業』

イラストレーター&エッセイストの南伸坊さんを生徒役にして、河合隼雄先生が心理療法の個人レッスンを講じる。本書は、南生徒の書いたレポートと、そのレポートに対する河合先生のコメントから成り立っている。全13講。とにかく、文章が平易で、読みやすい。…

河合隼雄『こころの処方箋』

惜しまれつつ昨年7月に他界された日本を代表する心理学者・心理療法家によるエッセイ集。1章4ページのエッセイが55章収められている。僕のように、書くにつけ、話すにつけ、言葉を人並み以上に使う仕事をしていると、どうしても言葉を過信する方向に傾きがち…

北岡俊明『ディベート入門』

ディベートの入門書。Amazon.co.jpには辛口のレヴューが並んでいるが、僕の本書に対する評価はそこまで低くない。ディベートを「知の方法論」であり、「ホワイトカラーの生産性[=意思決定の生産性]を高めるための技術」だとする著者の立場に、僕は強い共感…

城繁幸『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』

本書はもともと「Webちくま」連載「アウトサイダーズ 平成的生き方のススメ」を一書にまとめたものだが、タイトルからも想像できるように、前著『若者はなぜ3年で辞めるのか?』*1の続編としての性格も有している。前著が「昭和的価値(仕事)観」がもたらして…

井上孝代『あの人と和解する』

一人の人間の内部の葛藤、個人と個人の対立やもめごと、集団内での争い、集団と集団の抗争などミクロからマクロまで、さらには国家間の国家と市民社会の関係などメガレベルに至るまで、私たちの人生はさまざまなレベルでの「コンフリクト(=対立、紛争、もめ…

大塚久雄『社会科学の方法』

著者は昭和期日本を代表する西洋経済史家。カール・マルクスの経済学とマックス・ヴェーバーの社会学を基礎として、近代資本主義成立の諸条件を、とりわけ国民経済の担い手としての「中産的生産者層」に着目しつつ探求した。「大塚史学」と呼ばれるその学問…

城繁幸『若者はなぜ3年で辞めるのか?』

大卒新人の離職率が上昇し続けている。2000年のデータでは、大卒入社3年以内に36.5%、実に3人に1人が辞めている。1992年は23%だったから、10年足らずの間に1.5倍に増えたことになる(p.28)。なぜ若者は我慢できずに辞めてしまうのか?著者によれば、それは決…

堂目卓生『アダム・スミス』

本書は「経済学の祖」アダム・スミスの二大著書『道徳感情論』と『国富論』の論理的関係を丹念に読み解いた刮目の書であり、新書で発表されたことが「もったいない」と思ってしまうほどの新鮮で本格的なスミス論である。『道徳感情論』におけるスミスの人間…

マンフレッド・B・スティーガー『グローバリゼーション』

オックスフォード大学出版会の「一冊でわかる」シリーズ(very short introductionシリーズの日本語版)の中の一冊。目次は以下のようになっている。 グローバリゼーション 概念をめぐる論争 グローバリゼーションは新しい現象か グローバリゼーションの経済的…

北杜夫『マンボウ恐妻記』

実は1年前に読んでいたのだが、軽く読み流してしまったこともあり、その時は「乱読ノート」で採りあげなかった。しかし、ここ数ヶ月、「心の病気」関連の話題に強い興味を持っており、その絡みで再読したので、レヴューすることにした。本書は作家北杜夫が奥…

夏樹静子『腰痛放浪記 椅子がこわい』

人気推理小説家である著者は、1993年1月から約3年間、原因不明の腰痛に悩まされた。その痛みはあまりに激しく、時には死まで思い浮かべた。本書はその闘病記である。骨・筋肉・神経といった身体器官の不調が腰痛の原因ではなかった。「作家夏樹静子のステー…

田中宏『在日外国人 新版』

著者はもともとアジア文化会館という留学生の世話団体に勤務していた。その後、愛知県立大学、一橋大学で教鞭をとり、現在は龍谷大学教授を務めている。日本アジア関係史、在日外国人問題、ポスト植民地問題の権威である。本書は在日外国人が抱えている様々…

夏樹静子『心療内科を訪ねて』

前々から読みたかった本。ようやく読む時間と機会を得た。素直にうれしい。著者は推理小説界の大御所的存在。原因不明の腰痛を患って3年間の地獄のような日々を過ごし、心療内科での治療によってそれが完治したという経験を持つ。本書は(著者自身を含む)15人…

五木寛之『人間の関係』

著者の五木寛之さんについて僕はほとんど何も知らない。彼の作品は小説もエッセイもこれまで読んだことがない。唯一の例外として、哲学者・廣松渉さんとの対談集『哲学に何ができるか』をずいぶん前(記録では2002年2月)に読んだだけである。そんな五木さんの…

清水正徳『働くことの意味』

著者は宇野派のマルクス主義哲学者。本書は西洋思想における労働観の系譜を古代から現代までたどり*1、その思想的遺産の現代的意義を明らかにしようとする。宇野派のマルクス解釈に忠実に、資本主義社会における様々な矛盾の根本原因が労働力商品化に求めら…

浜林正夫『人権の思想史』

著者はイギリス市民革命史研究の大家。人権思想の中核に「どんな人にも生きる権利がある」という考え方を求め、その成立と展開を歴史的にたどっている。本書の内容については、目次をそのまま掲げるほうが、それをイメージしてもらいやすいだろう。 人権思想…

マーク・フィルプ『トマス・ペイン』

トマス・ペインの生涯と思想に関する入門書であり、オックスフォード大学のPast Mastersシリーズの一冊として刊行されたもの(原著の刊行は1989年)の邦訳である。*1一応、入門書であるが、ヒッチンス*2と比べると、本書のレベルのほうがやや高い。訳文は流麗…

渋谷秀樹『憲法への招待』

「立憲主義と人権に関する入門書シリーズ」の三冊目。前の二冊とは正反対で、リベラル左派的な立場が前面に押し出されている。自衛隊、靖国神社、教科書検定、通信傍受法といったクリティカルなトピックに対しては、当然のことながら、いかにもその立場から…

長尾龍一『憲法問題入門』

「立憲主義と人権に関する入門書」シリーズ。二番目に読んだのが本書である。戦後日本憲法学は「初めに国家悪ありき」という根本的に間違った前提から出発しており、マルクス主義的な偏向が顕著であると、著者は繰り返し批判している。その意味では、本書に…

八木秀次『反「人権」宣言』

社会思想史教科書の原稿を執筆する際、参考文献として立憲主義と人権に関する入門書(新書)を連続して三冊読んだ。いずれも平明でありながら啓発力に富む素晴らしい内容で、たいへん勉強になったが、とりわけ興味深かったのは、思想的立脚点が三冊三様で、同…

クリストファー・ヒル『ノルマンの軛』

18世紀後半に活躍した急進主義者トマス・ペインに関する論考を書くことになり、参考文献を探しているうちに、長年本棚で眠っていたままになっていた本書をたまたま見つけ、読み始めた。本書は20世紀英国を代表するマルクス主義歴史家(1912-2003)が1954年に発…

朴一『「在日コリアン」ってなんでんねん?』

学生(大学院生)時代、著者のゼミに3年間参加させていただいた。就職後も翻訳の仕事(『エスニシティと経済』)のメンバーに誘っていただいた。そういう意味で著者は僕の恩師の一人と言ってよい。今でも年賀状を交わしあう親しい関係である。僕はかなり以前(幼…

西いずみ『あいまいな日本の不平等50』

「もやどき。」すなわち「よくわからずにモヤモヤしていたイマドキの問題が1冊でわかるシリーズ」の中の1冊であるとのことだ。不平等問題や格差問題を冷静に(学問的に)論じたい場合、数値データは不可欠であるが、本書はそうした数値データが満載されている…

プライス『祖国愛について』

研究用の読書。著者のリチャード・プライス(1723-91)は、イギリスの理性的非国教徒(ユニテリアン)の牧師である。本書はそのプライスが1789年11月4日に名誉革命記念協会の記念祝賀会で行った説教である。同年7月14日に勃発したフランス革命に原理的な支持を与…

日垣隆『世間のウソ』

『そして殺人者は野に放たれる (新潮文庫)』で第3回新潮ドキュメント賞を受賞した気鋭のジャーナリストが、世間をミスリードする15のウソ(宝くじ、自殺報道、安全性、男女、人身売買、性善説、精神鑑定、児童虐待、部活、料金設定、絵画市場、オリンピック、…

山本貴光・吉川浩満『問題がモンダイなのだ』

山椒は小粒でもぴりりと辛い、というのが本書を読んでの第一印象だ。人間が思考するの仕組み・プロセスを、以下のようなモデルに即して解説している。 ①問題との出会い ②問題との取り組み ②-1解決 ②-2解消(無効化) ③新たな問題の発見 野矢茂樹『はじめて考え…

クリストファー・ヒッチンス『トマス・ペインの『人間の権利』』

ポプラ社の《名著誕生》シリーズのラインアップの一冊で、マルクスの『資本論』、ダーウィンの『種の起源』に続く第3弾として公刊された。アメリカ独立革命とフランス大革命に関わった政論家トマス・ペインの主著『人間の権利』を、それを生み出した時代背景…

大友博・西田浩編『この50枚から始めるロック入門』

本書は、ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が全米チャートの首位を獲得した1955年をロック誕生の年として定め、それ以降の50年間を10年ずつに区切り、それぞれを「黎明期」「発展期」「爛熟期」「転換期」「再構築期」と…

齋藤孝『発想力』

『週刊文春』の連載を一書にまとめたもので、1編6ページのエッセイが29編収録されている。発想力を鍛えるための指南書ではなく、(結果的に失敗したアイディアを含めて)著者が日々の生活や仕事の中で思い浮かんだアイディアの数々を惜しみなく披露してくれて…